キベベワールド

「メガネの一心堂」の店長が、タメになること・ならないことをつづります

藤野くんと高橋くん

私は、知らない人ばかりの中で友達を作っていくのが苦手だと、以前書きました。

中学に入った時は小学校の友達、高校に入った時は中学校の友達、大学に入った時は高校の友達がいましたので、そこを足掛かりに何とか溶け込めたのですが、ダイエーに入社するにあたってはその手は使えません。
内定式・入社式・米国研修など、たいへん緊張しながら参加しました。

私が配属されたのは、売り上げの大きな店舗でしたので、大卒の新入社員が6人いました。
米国研修で顔見知りになった人が1人、あとの人とは店舗配属前の新入社員研修が初顔合わせでした。

同期が6人いるというのはとても心強く、それぞれ担当の売り場が異なるため、勤務シフトがなかなか合わなかったものの、タイミングがあった時は勤務後に駅前のビッグボーイへ夕食を食べに行きました。
店が終わるころに開いているお店は、そこくらいしかなかったのです。

当初の私は、腹の探り合いみたいに、ちょっと微妙な距離感を取っていたような覚えがありますが、夏の終わりに、藤野くんと高橋君にカラオケに誘われて、藤野くんは尾崎豊、高橋君は「仮面舞踏会」、私は「狙い撃ち」をはじめとして、お互いの持ちネタを出し合うことで急速に距離感が縮まり、同期の中で、この2人とは遊びに出かけることが多くなりました。

当時の私は、仕事へのやる気と、実際にやっていることとの歯車がかみ合わずに空回りしてしまっていて、忸怩たる思いを抱えながら働いていましたので、2人とバカ話をしたりすることで、とても救われたものです。
翌年4月に藤野くんが、秋には高橋くんが異動になってしまい、その数か月後には阪神淡路大震災が起こり、私のダイエー生活も大きく動き始めることになったのでした。

その2人と、おとといは久しぶりに会うことができました。
藤野くんとは妻が息子を妊娠中に会っていますが、高橋くんとは21世紀初です。

相変わらずのバカ話に加え、残りの人生をどう生きるかという話も加わり、時の移ろいを感じざるを得ませんでした。

私の休みの前の日にということで、場をセッティングしてくれて、3時間足らずでしたが、とても楽しいひと時を過ごすことができました。
職場の同僚というのは、学校の友達とはまた違った感覚がありますね。
一般の会社に勤めていた期間が短かった私は、会社仲間というのがほとんどいないので、そこはちょっと寂しいなと思ったりもしました。

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また会えるのを楽しみにしています。




  1. 2017/01/20(金) 23:54:44|
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梅ちゃん

今日は、高3の時に同じクラスだった「梅ちゃん(梅林くん)」が、きれいな奥様とかわいいお嬢様を連れてご来店。
奥様のメガネをお作りいただきました。

去年、フェイスブックで私を見つけてくれたのですが、実際に会うのは25年ぶりくらいになります。
私は体型が横に広がりましたが、梅ちゃんは縦に伸びた気がします。

高3の秋以降、同じクラスの何人かで放課後教室に残って受験勉強をしていました。
梅ちゃんは指定校推薦で大学(英文科)が決まっていましたので受験勉強の必要はありませんでしたが、よく一緒に残って英語の勉強をしていました。

体育の授業でソフトボールがあったとき、授業の前日にバッティングセンターで2000円くらい打ち込んできたと言っていたのを覚えています。


他のお客様がいらっしゃったりして、写真を撮り損ねてしまったので、高校の時の写真を載せることにします。

陸上競技大会、男子400メートルリレーの第2走者としてバトンを受け取ろうとする梅ちゃん。

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放課後勉強中の一服。コーヒーだか紅茶だか忘れましたが、メガネが曇る梅ちゃん。

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今日は、ありがとうございました。
メガネが出来上がったら、また連絡しますね。

  1. 2015/07/04(土) 23:27:18|
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ふじわら君

今日は、ふじわら君が店に立ち寄ってくれました。

ふじわら君とは、高3の時に同じクラスになり、以降、大学も同じ学部、サークルもゼミも一緒で、共に学び・遊んだ間柄です。
翼くんと岬くんのようなゴールデンコンビとまではいかなくても、一緒になってバカなことができた腹心の友。

↓卒業式の日に撮った1枚

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大学卒業後は、夏休みに神戸まで来てくれて一緒に広島に行ったり、逆に私が休暇の時に遊びに行ったりしました。

私が神戸→名古屋→アメリカと転々としている間に、彼は結婚して子供も生まれて、という感じで、年賀状やメールで連絡を取るくらいになってしまい、直接会ったのは20年ぶりくらいかもしれません。

奥さんにも、結婚される前に一度だけお会いしました。
ふじわら君より4学年くらい下のはずですが、3人でカラオケに行ったとき、「長渕と尾崎と浜省を歌うのはオヤジ」と言われて、彼と「どうする、オヤジだってさ」と嘆き合ったのを覚えています。


あいにく、店に来られた時にはお客様がいて、何のお構いもできず、写真を撮る間もなく、短い会話を交わすだけで帰られました。

昔から、どちらかという落ち着きのなかったふじわら君ですが、相変わらずハヤテのように現れて、ハヤテのように去っていった、という感じです。

お土産をたくさん置いていってくれました。

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高校の時、定期テストなんて全然まじめに取り組まなかった私にとっては、到底信じられない評点平均で中大へ推薦入学した彼は、元来コツコツと物事に取り組むタイプのようで、社会人になってからも働きながら難関資格を取ったりとコツコツぶりを発揮し、精力的に活躍されているご様子。

確か「ダリ」とか「ガウディ」が好きだと言っていた気がしますが、絵を見るのが好きだという側面もあり、最近は自らも絵を描くようになったらしく、著名人の似顔絵などをあしらった年賀状を今年は送ってくれました。

現実的な絵もよいと思いますが、私は彼が昔によく描いていた「意味のよくわからない絵」にこそ、彼の非凡さを感じたものです。

↓帰りの電車の中で揺られながら、ふじわら画伯の放った、渾身の1枚

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私のリクエストに応えて、ポーズを変えてもう1枚描いてくれました

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短い時間でしたが、元気な姿を見られてよかったです。
次は、キムチをツマミに頭皮を掻きながら、ゆっくり話ができればと思います。


ふじわら君へ
今日は、忙しい中、どうもありがとう。
もらっておいて言うのもアレだけど、僕は「ガリガリ君リッチ」は食べないから、今度はガリガリ君だけでいいよ。
また会おう。



  1. 2015/01/06(火) 23:48:04|
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荻野目さん

私が小学生だったころは、聖子ちゃんやトシちゃんのブレイクを皮切りに、アイドル界が大きく動き始めた時期だったように思います。

中学生のころ、原田知世さん・菊池桃子さん・中山美穂さんといったあたりに熱くなっている友達がいました。
女の子には、チェッカーズがかなり人気を博していた記憶があります。
中3になると、おニャン子クラブが台頭してきました。

私は「ベストテン」とか「トップテン」といった歌番組は、ほとんど見ませんでしたし、そういう方面には特別興味を持っていませんでした。
それでも、バラエティー番組には、たいていゲストがいて、歌のコーナーがあったりしましたので、歌手の名前も歌も、まぁ普通に知っているというレベルでした。

そんな私でしたが、中3の終わりか高校入学したての頃、心の琴線に触れたのが荻野目洋子さんでした。
ちょうど「ダンシング・ヒーロー」がヒットしたころですね。

当時、レコードプレーヤーを持っていなかった私が最初に買った荻野目さんモノが、カセットテープのベスト盤。
その次に買ったのが、年末に発売されたアルバム「NON STOPPER」。

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年明けに、中古のレコードプレーヤーと、CDプレーヤーをゲットしてから、少しづつ以前のシングルやアルバムを集めるようになりました。

この昭和60年代というのは、レコードからCDへの転換が急激に生じていた時代です。
でも、私はアルバムこそCDを買っていましたが、シングルはCDよりもジャケット(写真)が大きいという理由で、平成に入るくらいまではレコードを買っていたのでした。

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これは「ダンシング・ヒーロー」のオリジナル「EAT YOU UP」。

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高校生のころは、私自身かなり盛り上がっていましたので、ファンクラブに入ったり、週刊明星をはじめとする雑誌の特集は、結構マメにチェックをしていました。

CMに出ていた「カップスター」で、オリジナルテレホンカードが当たるというキャンペーンが始まった時は、当てるのに必死で、毎晩カップスターを食べました。
裏ぶたがクジになっておりまして、毎回ドキドキ、そしてガッカリしながらお湯を注いでおりました。

一体何個食べたのか忘れましたが、とんこつ味で当たりが出たときは、深夜にひとりガッツポーズでした。

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財布にずっと入れていたので、擦れちゃいました。


みんなから「荻野目ちゃん」と呼ばれ、真面目で賢そうなイメージ、ダンスやボイストレーニングにも力を注ぐそのお姿は、とても私にふさわしく、CDやビデオ、写真集など、大学生になってもきちんと買い揃えていました。

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ですが、一度もコンサートやイベントの類には行ったことがないので、生のお姿を拝見したことはないのです。


大学生のとき、車の中で聞くために自分でいろいろな曲を選り抜いて「キベベ 傑作選」というテープを作っていたのですが、「荻野目洋子 傑作選」というのも当然作りました。
私が「傑作選」を作るときは、A麺の最初とB面の最後に思い入れのある曲を持ってくるのが基本でした。

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荻野目さんの歌の中で、一番好きなのは?と聞かれたら「夏のステージライト」と答えます。
シングル曲ではないので、荻野目さんファンの人しか知らないでしょうけど。

♪ なぜ歌うと 聞かれたなら 答えるでしょう
たった一度 生きることの reflection
for you and me ♪


  1. 2013/01/23(水) 23:56:32|
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なかじまファミリー

おととい、中大の後輩の「なかじまくん」が、奥さんとお嬢さんを連れて店へ足を運んでくれました。

私が三年生のときに、一年生としてサークルに入ってきた、なかじまくん。

私のいたサークル(速記研究会)は、新入生を勧誘する際、時間割(受講する講義の選択)のアドバイスをすることで警戒心を解きつつ本題に食い込んでいくという手法を取っていて、学部が同じだった私が彼にアドバイスを施しました。

そんな縁もあって、後輩の中では一緒に遊ぶことが一番多かったですし、神戸時代・名古屋時代にも遊びに来てくれました。

2008年に、同じサークルの「さとこさん」とご結婚。
うちの息子が生まれる数か月前にお嬢さんが生まれました。

かねてから、「一度、息子と見合いを」と思いつつ、今回ようやくご対面。

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微妙な距離感で見つめ合うふたり。


土・日休みのなかじまくんと、木曜休みの私とでは、なかなか時間が合わないけれど、ぜひ見合い第2弾を。

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さとこさんの強いご希望により、目線を入れました。

またお会いしましょう!!



  1. 2012/08/07(火) 22:56:14|
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後輩の活躍

平成の初めのころ、いっぱしの大学生だった私には、先輩・後輩と呼べる人たちがそれなりの数おりました。

私の場合、どちらかというと後輩と過ごした思い出のほうが強く残っているのですが、中でも私が大学3年の時に1年生だった連中は特に印象に残っています。

その中のひとりが、過日の日経新聞夕刊に載りました。

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「ニッキィの大疑問」というコーナーで、社労士の先生として疑問に答えておりました。

社労士・坂野上かをる先生のプロフィールはこんな感じでした。

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冬季限定でジョギングするというのが何とも。
夏は暑くて嫌なのでしょうかね。

ブログネタにするにあたり、「名前は出してもいいけど、画像はNG」と言われたので、残念ながら昔の画像を晒すのはやめておきますが、21年前は、高岡から上京してきたピチピチギャルでしたね。

私の中では、10年経っても20年経っても「1年生」のままということもあって、こうして立派に活躍しているのを目にすると、頼もしさを感じる一方で、何か不思議な感じもします。


将来困ったことが起きたら、フィーは払うから相談に乗ってね~。

坂野上先生のますますのご活躍をお祈りいたします。


  1. 2012/04/24(火) 23:34:18|
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森田くん

足元の悪い、本日の昼下がり、ひょっこりとお店を訪ねてくれた森田くん。

中大の一年後輩で、学部は違いますが、サークルが一緒でした。

長野から出てきた彼は、中大からはちょっと離れていますが歩いていける距離に部屋を借りていて、何度となく遊びに行かせてもらったものです。
麻雀やったり人生ゲームやったり、早朝ちゃんこ鍋をはじめとする幾多の企画の拠点にさせてもらったり。
ビデオデッキが2台あるのが売りの部屋でしたね。

森田くんの奥さんは、同じサークルで彼より2学年下。
私が社会人になった年に1年生として入ってきた娘さんですが、私は卒業後4年間は伝説のOBとして、神戸にいながらもできるかぎりサークルとは接点を持っていたので、奥さんとも顔見知りです。


森田くんと会うのは、94年の夏以来だったかもしれません。
神戸にいたとき、一度私の部屋をアポなし訪問してくれたことがあったのですが、その日が休みだった私はタイミング悪く近所の古本屋さんに「キャプテン翼 全巻セット」を買いに行っており、帰ってきたらポストに置手紙が入っていて、「悪いことしちゃったなぁ」と思ったのも懐かしい思い出。
まだ携帯電話がほとんど普及していなかった頃のことです。


今日は、森田くんご自身の趣味の関係で、長野からこちらに一人で出てこられたとのこと。
元気な姿を見られてよかったです。
また、森田くんと同学年の仲間の話や、奥さんと同学年の仲間の話も聞けて何よりでした。
みんな元気にやっているようで。


というわけで、全国の森田くんファンにささげる1枚。

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森田くん、今日はどうもありがとう。
またお会いしましょう。

今度は奥さんもぜひご一緒に~。



  1. 2012/03/31(土) 22:57:04|
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ジョイビジョン奈良

当ブログのリンクコーナーに「ドイツ式両眼視機能検者のブログ」というのが記載されていました。
(今は名前を変えています)

そのブログの主、松本康志さんが、奈良県橿原市で独立開業されます。

お店の名前は「ジョイビジョン奈良 オプトまつもと」

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(画像はホームページより転載せていただきました)

明日、3月3日が開店日です。


松本さんは、ドイツのハーゼ博士が提唱された「ポラテスト」という検査方式を駆使されるかたです。
この「ポラテスト」をきちんと理解し、それを実務に正確に生かしているかたは、実は日本にはそう多くありません。

「ポラテスト」を行なうためには、専用の視表が必要となりますし、検査距離や検査環境をはじめとして、さまざまな点において細かな取り決めがありまして、松本さんはそれを忠実に行なうための一環として、6メートルの検査距離が確保できる広い検査室を設置されました。
(当店の検査距離は、我が国の眼科で標準とされている5メートルです。)

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(画像はブログより転載させていただきました)

別の言い方をすると、「ポラテストをやっています」と公言する以上は、近接型の検査視表(たとえば、装置は1m先にあるけれど、光学的な作用であたかも5m先のものを見ているかのように装うもの)を使うのはいただけないということです。

日本の眼鏡店では、スペース的な問題もあり、なかなか実空間で5メートル以上の検査距離を確保するのは難しい側面があります。
また、「正式なポラテスト」を行なうための視表が組み込まれている機器もほとんどないに等しい状態です。
ですから、検査環境ひとつとっても、「ポラテスト」を忠実に遂行できる技術者・施設が少ない」ということがお分かりいただけるでしょう。

もちろん、単純に「ポラテスト」を行なえばそれでオーケーということはなく、「ポラテスト」で得られた結果を正確に反映するためにはフレームのフィッティング技術や加工技術も問われるわけですが、松本さんはこの点においても優れた技術をお持ちです。


また、松本さんは、米国オプトメトリストの北出勝也先生のもとで、視機能・視覚認知のトレーニングも精力的に学ばれております。
その熱意が認められ、北出さんが代表を務める「ジョイビジョン」の名前を分け与えていただくことになったという点も特筆すべき事項と言えましょう。


独立開業を目標に、一生懸命努力をしてこられた松本さんには心より敬意を表します。
松本さんは、既に新しい目標を掲げてスタートを切られておりますが、これからもお互いに切磋琢磨し合っていけたらよいなと思っております。

開店、おめでとうございます!!

  1. 2011/03/02(水) 23:08:52|
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内田氏 来たる

昨日は、日本眼鏡技術者協会の生涯教育をはじめ、全国各地で精力的に講師・コンサルタント活動をされている内田豪さんが、奥様と一緒に我が家に遊びに来てくださいました。

内田さんご夫妻には、妻が視能訓練士養成学校在学時代に大変お世話になっておりまして、そのご縁でいろいろとお話をさせていただくようになったのです。

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内田さんのブログ

内田さんにお会いしたのは、3年前だったかの名古屋での眼鏡学会以来(その年のIOFTでもお会いしてましたかな?)なので、本当に久しぶりでした。
宅配の釜めしを食しながら、ご自身の近況やら、業界の裏話(?)やら、楽しいお話を聞かせていただきました。

私がお酒を飲めれば、もう少し気の利いたご接待ができるのですが、誠に申し訳ありません。
お茶とコーヒーじゃねぇ・・・・

お忙しい中、貴重なお時間をありがとうございました。
ぜひまた、足をお運びいただけるとうれしいです。


ちなみに、我が家(キベベワールド別館)に足を踏み入れてくださった業界の著名人は、埼玉の横田さん夫妻に次いで内田さんが2組目です。

横田さん(横田進 公式ブログより一部加工して転載させていただきました。)
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上の画像の詳細はこちら。


大阪の藤原さんは私の店でなければできない話があったので、我が家の入り口だけご紹介して、店に直行でしたね。

藤原さん(画像右側。ブログより転載させていただきました。)
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次に訪れてくださるのは、だ~れかな?
  1. 2011/01/28(金) 23:23:12|
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From 茨木

大阪府茨木市にある「opt.eyeland」のご主人、藤原さんが、家族サービスの帰り道にご来訪くださいました。

藤原さんのブログ


藤原さんは、両眼視機能検査にも精通されている優秀な眼鏡技術者です。
今日は実務的な話というよりも、Behavioral optometry(ビヘイヴィオーラル オプトメトリー)に関する話を、いろいろとさせていただきました。

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息子へのおみやげもいただきまして、ありがとうございました。
  1. 2010/08/26(木) 16:37:20|
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専属モデル?

当店ホームページの子供メガネのページや、店内の子供メガネコーナーのイメージガール&ボーイとしてご協力いただいているお子さんが遊びに来られました。

店内に掲示してあるイメージフォト
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といっても、どこかのモデル事務所に所属しているわけではなく、妻のお姉さんのお子さんです。
いわゆる、甥と姪ですな。

イメージフォトを撮った時よりも、だいぶ背が伸びましたね。
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お子様用のセルフレームを掛けてパチリ。
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今日は、店内でゆっくりできる時間がなかったので業務用の撮影はできませんでしたが、またモデルになってね~。

  1. 2009/09/13(日) 23:05:51|
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藤野くん

ダイエー時代の同期で、入社1年目を同じ店舗で過ごし、よく空論を語り合った藤野くんが訪ねてきてくれました。

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これまで、神戸近郊の店舗で活躍されていたのですが、先月どういうわけか関東の店舗に転勤となったため、8年半ぶりの再会が可能となったのです。
20世紀最後のクリスマスの夜(25日)に、お宅に泊めてもらったのが最後でしたので、随分ご無沙汰してしまいました。

お店を閉めた後、近所の居酒屋さんに移動し、2時間半ほどの短い時間でしたが、楽しく過ごすことができました。

昔と全然変わっていなかった藤野くん。
今日はどうもありがとう。
なかなか休日は合わないかもしれないけれど、また語りましょう。

単身赴任で頑張っている、君に幸せあれ!!
  1. 2009/05/22(金) 22:55:45|
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お友達

眼鏡学校時代の学友が訪ねてきてくれました。

同期生ですが、彼は大学卒業後すぐ、私は社会人生活を経験してから、それぞれ入学したので、歳は私よりも四つ下になります。

眼鏡学校卒業後、一度は眼鏡業界に籍を置いたものの、まぁいろいろあったんでしょうね、現在は別の仕事をしています。

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眼鏡学校時代より、10kg太ったらしいですが、全然そうは見えません。
相変わらず、カッコイイ。

会うのは21世紀になって初めてでしたが、元気で何よりでした。

君に、幸せあれ。
  1. 2009/03/28(土) 23:28:02|
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