キベベワールド

「メガネの一心堂」の店長が、タメになること・ならないことをつづります

ベイスターズ

息子が保育園で、横浜DeNAベイスターズの帽子をいただいてきました。

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五周年記念のプレゼントだそうです。

一緒にいただいいたパンフレットには、

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選手の名鑑や

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野球の豆知識が載っていました。

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私はジャイアンツ一筋なので、特別うらやましいとは思いませんが、青・水色が好きな息子にはちょうどいいかもしれません。

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ところで、これは全くの私の偏見ですが、アメリカのメジャーリーグ球団の帽子をかぶって都会、たとえば六本木界隈なんかを歩いたとしても、それはそれで、ファッションとして許容されるような気がします。
もちろん、着ている服にもよるでしょうが。

が、これが日本のプロ野球球団の帽子だと、どんな服を着ていても、途端に怪しい人に見えるような気がするのは私だけでしょうか?
特に、ジャイアンツやタイガースの帽子だと・・・

そういう観点から見ると、このベイスターズの帽子は、どうでしょうかね?



  1. 2015/12/23(水) 23:12:32|
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フラフープ

まだ私が生まれる前、日本に一大センセーションを巻き起こしたフラフープ。

ここにあります。

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組み立て式です。

このたび、初めてやってみたのですが、回せません。

コツを動画で学んではいるのですが、どうにもなりません。

もしかしたら、「おなかが出ているから、どうしてもずり落ちてしまうのではないか」と結論付けようかとも思うのですが、悔しいので、もう少し頑張ることにします。




  1. 2015/09/09(水) 23:21:39|
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夏の甲子園

今年の夏の高校野球も、いよいよ佳境に入ってきましたね。

中学生のころ、高校野球を夢中になって見ていたという話を以前にしました。
高校生になって以降も、高校野球好きであることに変わりはなかったのですが、わざわざ夏休みに神奈川から甲子園へ行くほどの思い入れがあったかというと、そこまでではなかったような気もします。
それなりにお金がかかりますしね。

ですが、社会人になって、神戸市民になって、事情が違ってきました。
行く気になれば、往復1000円ちょっとで行けるわけです。
ところが、行く余裕がなかなかありません。

1年目は、おもちゃ売り場にいたので、夏休みは忙しかったのですが、それでも何とか行ってきました。
75回大会の2回戦へ。

朝起きられなかったので、第二試合からの観戦。
とりあえず、三塁側内野席に行ってみました。

地元兵庫の育英vs北北海道の旭川大戦。
結果は育英の勝利でしたが(最終的に優勝しました)、

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自分の中で、今一つ盛り上がるものがありません。

感情移入していないからだと思い、どちらかの高校を応援したほうが盛り上がるのではということで、切符を買い直して、アルプススタンドに行くことにしました。

一塁側と三塁側のどちらへ行くかを考え、第4試合の宇和島東(愛媛)が陣取る一塁側に行くことにしました。
この試合は、宇和島東が勝つと思ったので。

第3試合は小林西(宮崎)vs長崎日大。
勝ったのは小林西ですが、一塁側がどちらの高校だったのかの記憶がありません。
勝って喜んだ気がするので、小林西だったと思うのですが。

で、勝つと思った第4試合の桐生一(群馬)との試合。

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2対7で負けました。


2年目は、時間がなくて無理でしたが、3年目に、ちょうど神奈川代表(日大藤沢)の試合と休みの日がぶつかりました。
3回戦の相手は、宿敵PL学園。
勝てる気はしませんが、行ってみます。

ここは当然、日大藤沢側に陣取ります。

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PLの人文字を見たり、応援テーマを聞いたりしているうちに、65回大会で池田高校が敗れたときの悔しさがよみがえってきます。

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何とか頑張ってほしかったのですが、5対10で負けました。
PLの校歌を「悔しいが、いい歌だ」と思いながら聞きました。

この年、PLで活躍していたのが、福留孝介選手。

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ライトフェンス直撃の二塁打か何かを打った気がするのですが、打球の速さが尋常でなかったのを覚えています。


翌年は、転勤で担当の売り場が変わりましたが、まともに休みが取れなくて行けずじまい。
結局、夏の甲子園に足を運べたのは、この2回だけでした。

もう少し、足を運んでみたかったなと思います。



  1. 2015/08/18(火) 23:07:35|
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ボウリング

私が初めてボウリングを自力で10フレームやったのは、小学5年生くらいのころだと思います。
ガターばっかりでは面白くありませんが、100前後のスコアが出たので、以後、お気に入りのスポーツになりました。
といっても、忘れたころに親に連れて行ってもらうくらいで、足しげく足を運んだわけではありません。

火がついたのは、大学に入ってからです。

当時(今も)、中大文系学部の校舎は、八王子の山の中でしたので、

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校舎から徒歩圏内のプレイスポットといえば、バッティングセンターと、雀荘と、多摩動物園くらいしかありません。
ゲームセンターの一角に電話ボックスを大きくしたような部屋が幾つかならんだ「カラオケボックス」が出始めたころで、
まだカラオケといえば、スナックの専売特許みたいな感じでした。

だから、というわけではないのかもしれませんが、私のいたサークルはボウリング好きが多く、「今日、ボウリング行こう」という声が上がった時は、たいていついていきました。

本拠地は、京王線の中河原駅そば、多摩川沿いに建っていた「さくらサンリバー」内の「さくらボウル」。
小田急沿線に住む身にとっては、帰りの電車経路が面倒なのですが、そんなの構わずによく行きました。

ボウリングシューズが2万円前後で売られていた記憶がありますが、学生時代の4年間と、卒業後の+αで払った貸靴代を考えれば、買っといたほうが安かったと思います。

さくらサンリバーの思い出といえば「早朝ボウル」です。
曜日限定だったか忘れましたが、朝6時~8時くらいまでが、めちゃくちゃ安かったんです。

八王子の西東京ボウルで夜にプレイしたあと、「明日、行ってみよう」となったのが始まり。
大学3年の秋でした。

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ホールには、ウチらしか、いません。

以後、有志のみでの恒例企画となりました。


腕前のほうはというと、下手の横好きみたいなもので、200を超えたことは一度もなく、アベレージもせいぜい160くらい。
低重心から繰り出すカミソリシュートが持ち味で、ストライクを取るよりも、手堅くスペアを重ねる手法でした。
(スペアのみでは、199までしか伸びません。)

カメラを意識した、美しいフォロースルー。

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(どっちもジャージ姿ですが、ジャージで通学していたわけではありません。)

卒業後は、ご無沙汰になりましたが、アメリカにいたころ、近所にボウリング場があることを知り、友人たちと何回か足を運んだことがありました。

が、このころ、すでに腰の調子が芳しくなく、昔のような低い姿勢でボールをリリースすることや、腰を入れた投球ができず、手投げになってしまい、それ補おうとブンブン振り回すパワーボウリングに傾倒した結果、コントロールが定まらず、
スコアが悲惨なものとなりました。
運動不足の解消になればと思ったものの、かえってストレスが溜まるばかりで、腰にも悪く、諦めました。

最近10年では、妻と2度ほど行きましたが、「昔はこんなじゃなかったんだけどな・・・」という感じです。

歳を取ったなと思います。



  1. 2014/11/03(月) 23:15:18|
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ドラフト

日本シリーズを見る楽しみが先週絶たれてしまった、今年のプロ野球。

昨日はドラフトでしたね。

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下手すれば面接やエッセイだけで決まってしまう普通の就職活動と違い、高校・大学・社会人と、何万人といる選手の中から、会社側が実力を精査して選ばれるわけで、入団するしないは別として、ものすごく光栄なことなのだろうと思います。

逆に、それだけいる選手の中から、81人しか選ばれなかったわけで。

ふだん、「チッ、三振かよ」「何で打たれるかね」等々、好き勝手なことを言わせてもらっていますけれど、ものすごい精鋭の集まりであることを思い知らされます。


ちなみに、22年前の一面記事は、これでした。

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(当方、21歳の秋のことです。)



  1. 2014/10/24(金) 23:07:17|
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なんちゃってベイスターズファン

当店でメガネをお作りいただくお客様に「(横浜)ベイスターズファンですか?」と聞かれることがあります。

なぜかというと、注文伝票の記入時に使っている下敷きが、

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これだからです。

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当時、当店で神奈川新聞を取っていたので、その景品だったのではないかと推察します。

裏面は選手一覧になっています。

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権藤監督、銚子守備走塁コーチをはじめ、五十嵐投手、阿波野投手、古木選手など懐かしい顔が目白押しです。
もちろん、三浦投手、谷繁捕手など、まだ現役で頑張っておられる選手も載っています。

惜しむらくは、伝票のサイズに合わせてカットしてしまっているため、全員が見られないことです。
こういうものは、あとになって価値が出てくるのですから、もったいないの一言です。
私なら絶対に切ったりしませんけどね。


さて、冒頭の「ベイスターズファンですか?」という質問ですが、この質問をされるかたは、かなりの確率でベイスターズファンです。

それを踏まえて、話を終わらせないために

「いや、敬虔な巨人ファンです。ベイスターズファンなんですか?」

と返答するようにしています。


ここで「オリックスファンです」とか言われてしまうと、あとの展開が苦しくなるのですが、予想通り「そうです」と言われたときは、

「この前の年、日本一になった年ですけど、私、名古屋に住んでいましてね、マジック点灯しているときに、ナゴヤドームのレフトスタンドに応援に行きましたよ。佐々木が締めて、大盛り上がりでした。」

と、お追従をしておきます。


証拠写真

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眼鏡学校の友達二人と一緒に、授業が終わった後に行ったのですが、自由席が売り切れていたからか、今からの入場だと2階席になってしまうかもしれないからか忘れましたが、指定席を買いました。


同点で迎えた8回表、マシンガン打線がつながって3点をゲット。

後ろにいた知らないオッサンとハイタッチをしたり、「ヨ~コハマベイスタ~ズ」の部分しか知らない応援歌を歌ったりして盛り上がったあと、9回裏の前には「佐々木コール」です。

敵にしたら嫌な存在ですが、味方にするとこんなにも心強いのかと思わざるを得ませんでした。

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見事な勝利に、皆で喜びを分かち合います。
「ホントは巨人ファンなんだけどね」と思いつつ。

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このあと、スーパーカートリオや田代選手、トレーシー選手などの応援歌メドレーが続き、興奮冷めやらぬまま自転車で帰宅の途につきました。

どんなスポーツでも、盛り上がっているときには、こういう「にわかファン」が一定数いるのでしょうね。


そんなわけで、そもそも、こういう誤解を招く下敷きを使わなければ済むことなんですが、この下敷きのおかげで会話が広がることもありますので、当面は、このまま使い続けます。

とはいうものの、この記事を読まれたベイスターズファンのかたが当店にご来店いただく折には、「ベイスターズファンですか?」というご質問をなさらないか、「ブログ見ました」とおっしゃっていただきますと、同じ話を二度言わなくて(聞かされなくて)済むかと思いますので、ご協力をよろしくお願いしますm(___)m





  1. 2014/09/17(水) 23:03:43|
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上野が丘に 花めぐる

子供のころから応援していた、徳島の池田高校が、春の甲子園(センバツ)への出場を決めました。

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昨秋の四国大会で準優勝でしたので、出場は当確と言われていましたが、正式に決まるとやはりうれしいものです。

箕島やPLといったところが選ばれていないのが残念ですが、まずは一勝して校歌を歌ってほしいと願っています。


  1. 2014/01/25(土) 23:57:45|
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夏の甲子園

第65回大会から毎年買っている(はず)、週刊朝日の「夏の甲子園特集号」。

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いつのころからか、表紙がチアリーダーの女の子になりましたが、表紙掲載にあたってご本人や保護者の許可を取っているのか、気になるところです。

1年生だったりすると、先輩たちから「私たちをさしおいて生意気だ」とかいうことで妬まれて、いろいろ大変なんじゃないかと思ったり。

まぁ、大きなお世話ですね。


私が夏の高校野球を熱心に見ていたのは、小学校高学年から中学生のころでした。
なので、そのころに名を馳せた学校が出場すると嬉しかったりします。

今年は和歌山の箕島高校が話題になっていますね。
今でこそ、和歌山代表と言えば「智弁和歌山」ですが、当時は和歌山といえば箕島、箕島といえば尾藤監督でした。
箕島の現監督は、そのご子息ということもあり、新聞でも大きく報じられていたようです。
私は記憶がないのですが、伝説の「箕島vs星稜」の再現を期待しているオールドファンも多いかと。


私が毎年気にかけているのは徳島・池田高校なのですが、今年は準々決勝敗退でした。

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これは73回大会の2回戦と

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延長で敗れた3回戦の新聞です。

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翌年(1992年)、拓大紅陵に準々決勝で敗れて以来、甲子園から遠ざかっております。

また、あの校歌が甲子園で流れる日を楽しみにしています。





  1. 2013/08/05(月) 23:19:14|
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水泳

息子とお風呂に入るとき、ゴーグルをつけてお湯の中に潜ることが多いのですが、

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息子に「一緒に潜る?」と聞くと、「やぁだ」と言われます。
水に顔をつけるのは怖いようです。


幼児が全身の筋肉をバランスよく鍛えるには、水泳が良いように思うのですが、実は私は泳ぐのが得意ではありません。
クロールで25mくらいまでは何とかなるのですが、基本的に息継ぎがうまくできないのです。

なぜ、うまくできないかというと、鼻から息を吐けないからです。
最悪、口からでも吐ければいいのでしょうが、十分に息を吐かないうちに吸おうとするので、どんどんどんどんどん苦しくなっていくわけです。

高校の体育のテストで50m泳がされたあと、過呼吸状態になり、その後3時間くらいめちゃくちゃしんどい思いをしました。


初めて「けのび」ができるようになったのが小学2年の時だったと思うのですが、その年の夏休みに短期水泳教室に通わされました。

25m泳げるのが目標のクラスで、ビート版を使って、「1・2・3・パッ」と息継ぎの練習をやらされたのを覚えています。
ただ、私には水中で息を吐くという概念がなかったので、結局息継ぎは全くできないまま、7mという記録でクラスを終えたのでした。

なので、学校で水泳の授業がある日は朝から憂鬱でした。
水温が上がらなくて、授業が中止になったとき、嬉しかったこと、嬉しかったこと。
全校水泳大会みたいなのがなくて本当によかったです。


ちなみに、平泳ぎは手と足を同時に掻いてしまうので、なかなか前に進みません。
頭の中では、あるべきフォームのイメージはできているのですが、何ストロークかしているうちに、おかしくなります。


そんなレベルですので、息子に泳ぎを教えてあげることはできませんし、嫌がっているのを無理にやらせるのも気持ちがわかるだけにかわいそうです。

妻も、泳ぎはダメなクチなので、どうにもなりません。

はたして、息子はちゃんと泳げるようになるのでしょうか?
  1. 2013/07/24(水) 23:14:40|
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ベスト8ならず

夏の甲子園の地区予選。

今年は私の通っていた高校が第3シードになっていました。

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組み合わせも、決して悪くはなさそうで、どこまでいけるか期待が募ります。


シードなので2回戦から登場。

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爆勝です。


3回戦は、1985年の甲子園出場校に競り勝ちました。

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4回戦、クリア。

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5回戦、1998年の代表校、第2シードの平塚学園。
勝てばベスト8ですが・・・

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さすがに相手が強かったですね。
連投の疲れもあったかもしれませんが、点が取れないとどうにもなりません。
残念です。


それにしても、最小4試合で甲子園に行ける県もある中、6回戦でようやく準々決勝というのも過酷です。
甲子園なら決勝戦ですからね。

炎天下のなか、グラウンドに立ち続ける選手たちの体力と根性、素晴らしい。





  1. 2013/07/22(月) 23:10:30|
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バレーボール

私は中学生の時、バレーボール部に入っていました。

先輩や、一部の同学年との折り合いがよくなかったので、お世辞にも楽しかったとは言えず、学年末のレクレーション大会のバレーボールで鬱憤を晴らすような感じでした。

高校のときの球技大会では当然のようにバレーボールに出ましたし、大学のときにはサークル仲間でバレーボールをやることもたまにあり、いずれも楽しくプレーできました。

私は身長は169cmくらいなのですが、垂直跳びが75cm以上あったので、最高到達点が2m80cmちょっとでした。一方、球技大会とかレクレーションで設定されるネットの高さは成人女子のネットの高さ、2m24cm近辺なので、普通にジャンプすれば私の身長でもネットを気にせず、いろいろできたわけです。

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高3のときの球技大会の一コマ(白黒のシャツでブロックに飛んでいるのが私)。


ダイエー時代には、会社が「オレンジアタッカーズ」という女子バレーチームを持っていたこともあってかどうか知りませんが、全店対抗バレーボール大会というのがありました。
このときは、ネットの高さが成人男子と同じ(2m43cm)だったかもしれません。

運悪く、兵庫県予選の一回戦で、全国大会で優勝したハーバーランド店と当たってしまい、私は得意の無回転サーブで貢献したものの、フルセットの末敗れて終わりました。
これが、体が自由に動いた最後の試合です。


眼鏡学校での球技大会、専攻生でチームを組んで出場しましたが、このとき私は全盛期より10㎏以上太っており、非常に体が重たかったです。
それでも頑張って跳べるだけの余力はあったのですが、サーブ1つ、レシーブ1つとっても、以前と全然違うなと、限界を感じ始めたときでした。


そして引導を渡されたのが留学時代。
学校でバレーボール大会があり、仲間たちと出場しました。

大会前に練習をしたのですが、まともなスパイクが全然打てないんですね。
イメージは昔のままなのに、ネットの上端にボールが引っかかることが多く、それを意識すると吹かしてしまうわけです。
なぜかと考えると、理由は簡単でした。
跳べてないんです、ベスト体重だったころのように。
たとえれば、10㎏オーバーの米袋を腰に下げて、衰えた脚力で、常に70cm以上跳べるかといったら、まぁ大変なわけですよ。
そんな状況で必死に動いていたら、翌日、身動きできないくらいの筋肉痛になり、翌々日の1試合目にはまともに動けず精彩を欠きました。

試合は3~4週間くらいかけて行なわれた気がしますが、勝てば優勝という最終戦でもイメージ通りのプレーができず、結局負けちゃいました。

草野球ならぬ「草バレー」レベルであっても、昔ならできたはずのことができないというのは、ものすごくミジメです。
このとき、私は体力の限界を感じ、現役を引退することを決意したのです。
以後、ボールに触る機会はありません。

地域に「パパさんバレー」みたいなのがあったら、参加してみたいなという気持ちもありますが、足を引っ張った挙句に怪我をして終わりのような気がするので(特に手指を怪我したら仕事ができませんし)、「見てるだけ」が一番いいのかもしれません。

赤い練習着にそでを通す日は、果たして来るのか?


  1. 2013/01/20(日) 23:55:18|
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あと8勝(7勝)

昨日の記事で「早めに帰宅するのは、ジャイアンツの胴上げを見るためではない」旨を書きました。

が、言葉のマジックに引っかかってはいけません。

私は「ジャイアンツの胴上げ」ではなく、「原辰徳監督の胴上げ」を見るために帰宅したのです。

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以前はリーグ優勝と日本一になったときは4紙購入(ニッカン・スポニチ・サンスポ・スポーツ報知)をしていましたが、4紙購入は中大が箱根駅伝で往路優勝をしたときだけにしようと決めたので、2紙購入にとどめました。
ちなみに、箱根駅伝での総合優勝をした場合は、デイリーを加えた5紙購入になります。


さてさて、ペナントレースの残り試合は別として、日本一になるためにはファイナルステージで4勝(アドバンテージがあるので実質3勝)、日本シリーズで4勝が必要となります。

まだまだ長丁場ですが、万全の調整のもとに、3年ぶりの日本一奪還を期待いたします。


  1. 2012/09/22(土) 23:28:07|
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負けちゃった

以前、高校野球好きだったというネタをアップしました。

そんな背景もあって、この時期は新聞に掲載されている、夏の高校野球地区予選の結果についつい目が行ってしまいます。

私の通っていた高校は、おととい二回戦で負けてしまいました。
二回戦といっても、初戦なのですが。

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それよりも数日前には、徳島の池田高校も負けちゃいました。

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徳島商との試合なんて、以前は決勝戦のカードだったんですけどね。
よりによって一回戦だなんて。
  1. 2010/07/19(月) 23:51:46|
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恒例の

昨日は、こんなシーンが見られましたので

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今日は、4紙購入の日です。

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WBCで運を使い果たしてしまったか、それともとことん栄華を極めるか、この1年はどちらになるかと思っておりましたが、リーグ優勝した時点で今回の結末を私は確信しておりました。

美しい胴上げを見られて感激です。


さてさて、スポーツ新聞の一面を飾っている写真がパネルになったものを購入することができます。

94年と00年の長嶋ジャイアンツのときは購入したんですけれど、02年のときは購入しませんでした。

これは00年のときのもの
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今年はどうしようかな・・・
  1. 2009/11/08(日) 23:15:37|
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ママチャリ

私が、補助輪なしの自転車に初めて乗れたのは、小学校二年生くらいだったと思います。
特別、自転車に乗る必要を感じず、友達が自転車で移動するときは、走ってついていったような感じでしたので、乗れるようになるための練習をまともにしませんでした。

ある日、このままではいけないと思った自分は、坂道まで自転車を押して行き、そこをいきなり自転車で下るという暴挙に出ました。
そうしたら、乗れるようになりました。
一発で。

ペダルを踏む必要はありません。
またがっているだけで、自転車は動きますから、それでバランスのとり方を覚えるのです。
歩行者や車に注意すれば、お勧めの方法だと思います。


高校へは自転車通学でした。
赤い自転車にバックミラーを左右につけて、日々疾走していました。
愛着のある自転車でしたが、大学生のころに盗まれました。

ダイエー社員だった時には、自転車売り場の担当だった時期があり、自転車組立整備士と自転車安全整備士の資格をとりました。
更新していないので、失効していると思います。
自分の売り場で、当時学生さん向けの自転車としては主流になっていた、ストレートハンドルのものを一台買いましたが、あっいう間に盗まれました。

眼鏡学校時代も自転車通学でした。
三段変速のママチャリです。
車を持っていなかったので、アルバイトしていたメガネ屋さんへの往復をはじめ、結構乗り回しました。
この自転車は盗まれることなく、卒業に際し、我がご師匠様であらせられる関先生へ進呈しました。

留学していた時も自転車を買いました。
ママチャリはないので、マウンテンバイク風のものを買いましたが、変速機の調整状態がお粗末だったので、自分で調整しなおす羽目になりました。
でも、車を入手してからは、乗らなくなっちゃいました。


私は、ハンドルやフレーム、スタンドの形状がママチャリ風の自転車が乗りやすくて好きなので、今乗っているのもママチャリです。

といっても、滅多に乗らないんですけど。

今日は、三カ月に一回程度、定期検査に通っている病院へ自転車で行ってきました。
いつもは車で行くのですが、出遅れてしまって、駐車場が満車だと困るので。
たま~に乗ると、結構疲れます。
  1. 2009/10/22(木) 18:46:57|
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4紙購入

昨日は、

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ジャイアンツのリーグ優勝の日でした。

ということは、本日は
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スポーツ新聞をたくさん買う日です。

次の4紙購入は、日本一になった翌日ですな。


昨夜の胴上げ、テレビを見た限りでは、さきのWBC同様、選手がみんな監督のほうを向いていました。
スタンドのほうを向いて万歳をするような感じで参加する選手が、たまにいるわけですが、そういう光景がみられなかったことが、すごくすがすがしく感じました。

原監督が、それだけ選手に慕われているからか、チームが一つにまとまっているか、その両方なのか、とてもよかったです。


  1. 2009/09/24(木) 20:35:59|
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おめでとうございます、イチロー選手

ご存じのように、イチロー選手が9年連続200本安打を達成されました。

技術的なことは言うまでもなく、自己管理の厳しさに、ただただ頭が下がります。

私の場合、体調が悪いからといって簡単に仕事を休むことはできないし、大怪我をしたり、大病を患ったりしたら、店の運営がかなり厳しくなるわけで、そういう意味では「連続試合出場」をすることが必須なのですが、ではそうするために自己管理をきっちりしているかと問われると、考え込んでしまいます。
実際、何試合(?)か欠場したこともあるわけで。。。。

私と2歳半ほどしか違わない、つまりスポーツ選手としては若手と呼ばれない年齢にあって、優れたパフォーマンスを発揮し続けることができること、私のような者が軽々しく口にする言葉ではないけれど本当に凄い。
イチロー選手の末長いご活躍を、応援いたします。


おまけ
2001年5月16日、セーフコフィールドでのシカゴ・ホワイトソックス戦におけるイチロー選手
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メジャー通算68本目くらいのヒットをお打ちになったところです。
  1. 2009/09/14(月) 23:00:53|
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君よ八月に熱くなれ

昨日より、全国高等学校野球選手権大会が開催されています。

中学生のころの私は、高校野球を夢中になって見ていました。
といっても、私は野球部ではなく、バレーボール部だったのですが。

特に応援していたのが、徳島県立池田高等学校。
通販で、校名入りペナントなんていうのを買ったりもしていました。
当然、校歌も歌えます。
それだけに、65回大会の準決勝で、PL学園に0-7で負けたときのショックは忘れられません。

実は、この試合、私は見ていないのです。
前日の準々決勝で、高知商に10-9で辛勝したPL相手に負けるわけがないと思っていたのです。
「9点も取られているんだから」と。
「10点も取っているんだから」とは考えもしなかったんですね。

熱海後楽園ホテルに泊まりに来ていた私は、楽勝モードに入っていたこともあり、試合そっちのけでボーリングをやっていました。
ボーリングから戻ってきて、スコアボードに掲示されていた第一試合の結果に茫然としたのでした。
高校野球がらみで泣いたのは、このときだけです。

64回大会以降、毎年買っているアサヒグラフ増刊号
左が64回、右が65回(この年から、ちょっと小さめサイズになりました)
表紙はそれぞれ、早稲田実業の荒木大輔選手、池田の水野雄仁選手
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64回大会の決勝戦のページ
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大会直前に発行される、週刊朝日甲子園大会号は65回大会から毎年買っています。
写真は65回大会、表紙は池田の江上光治主将
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先週でしたか、Numberという雑誌で高校野球の特集がありまして、「池田高校 やまびこ打線の真実」という記事があるらしいのを知った私は、買おう買おうと思って買いそびれました。
で、アマゾンで購入したのですが
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何気なく、関連雑誌などを検索していたら、こんなのものがあったんですね。
「熱闘甲子園」のDVD Vol.1 「やまびこ打線」から「最強コンビ」へ
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私が夢中になって見ていた時期とピッタリ一致します。
まさに、私のために作られた一品と言っても過言ではありません。
ついでに迷わず買っちゃいました。

しばらく楽しめそうです。
  1. 2009/08/09(日) 23:10:50|
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栄光の背番号2

さあさ 
みんなで歌おう
松本の歌を

走れ走れ
二塁ベースへ
光より速く
青い稲妻


後楽園球場のライトスタンドで、メガホン片手に歌った歌。
当時崇拝していた、読売ジャイアンツ 松本匡史選手の応援歌です。

試合前にアップをする松本選手
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昭和58年度版の「プロ野球カードゲーム」の松本選手
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何度も何度も何度も読み返した、松本選手の自伝
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以前にネタにした「週刊プロ野球 セ・パ誕生60年」、今週号に松本選手の記事が掲載されています。
1983年にセ・リーグ記録となる年間76盗塁を記録したことに関するものです。
(日本記録は福本豊選手の106盗塁です)
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現在の小笠原選手をはじめ、数々の名選手が背負ってきた、ジャイアンツの背番号2。
でも私にとっては、背番号2といえば、今でも松本選手です。


ちなみに、1983年・84年ごろの、私が考えるジャイアンツベストオーダーは。。。

1番 センター   青い稲妻   松本匡史
2番 セカンド    職人        篠塚利夫
3番 ファースト   絶好調      中畑清
4番 サード     若大将      原辰徳
5番 レフト     お尻をひと振り  淡口憲治
6番 ライト     期待の若手   吉村禎章
7番 ショート    いぶし銀の働き 河埜和正
8番 キャッチャー 意外性の男    山倉和博
9番 ピッチャー  巨人の星     江川卓

※レジー・スミス選手、ヘクター・クルーズ選手、ウォーレン・クロマティ選手といった
外国人選手は入れておりません。

このころのジャイアンツが、一番好きだったかもしれません。
  1. 2009/06/11(木) 23:04:49|
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4紙購入

ふだん、ジャイアンツが優勝した時と、箱根駅伝で中大が優勝したときくらいしかしない、スポーツ新聞の4紙購入をしてきました(あえてデイリーは外します)。
あ、前回のWBCのときも買ったかな。

一面の写真ですが、

ニッカン
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スポニチ
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サンスポ
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報知
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時間がなくて、妻に買いに行ってもらったのですが、一瞬「あれ、同じの3部も買ってきちゃったよ」と思いました。

海外での試合ですし、事情があるのかもしれませんが、3紙が同じ画像とは滅多にないことです。
各社の思惑が一致したのでしょうかね。
画像の入手先は、サンスポとスポニチがロイター、報知がAPとなっていますけれど、写っている手の角度や、紙吹雪の位置とかどっちも同じなんですよね。
元の写真は一緒なのかな?


ちなみに裏面の広告は、
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これまた、ニッカン以外がすべてキリンビールでした。
(ニッカンは2面に掲載していました)

キリンビールの広告料がニッカンだけ低かったのか、はたまた何か裏があるのか。

ニッカンの独自性(?)を感じた、ちょっと興味深い4紙比較でした。

  1. 2009/03/25(水) 23:16:51|
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